クリニック入口の絵画を変更しました

クリニック入り口、風除室には開院以来、型紙や絵を飾っています。開院時には、伊勢型紙で作成された東海道五十三次桑名宿がありました。その後、写真と間違うばかりに詳細に描かれた風景画、コロナの終息を願った絵を展示しました。コロナは終息とまではいきませんが、With コロナと言う単語も聞かれなくなりつつ状況で、コロナ発生から随分時が経過したことを感じます。マスク非着用の方がずいぶん増えましたね。医療機関は引き続きマスクをお願いしておりますので、ご協力お願いします。  今回、新しい絵を展示することになりました。今回は、四日市市在住の画家 南川朋宣先生にお願いし、夏をテーマとした絵を作成して頂きました。南川先生は、院長の中学高校の同級生です。現在は、四日市市を中心に活動しています。同級生の集まりで会った際に、この作品を見せて頂きました。  南川先生の作品の襖絵です。とても迫力がありますね。   南川先生は、寺院の天井画や壁画作成の依頼を多く受けており、様々な作品を発表しています。  当院では、“春夏秋冬”をテーマに絵をお願いしました。南川先生と打ち合わせをして、院長が思う漫然としたイメージを具体的に絵で表現して頂きました。素晴らしい作品となり感謝しております。  “花菖蒲とカワセミ”というタイトルです。金やアルミを使用しているそうです。    南川先生と院長    素晴らしい絵ですので、よろしければご鑑賞ください。また、絵や南川先生についてご質問や問い合わせがあれば教えてください。 

2024.06.14

防災訓練

5月30日に院内の防災訓練を実施しました。今回の防災訓練は前半に避難訓練を行い、後半は桑名西消防署の消防士さんによる消火器講習を実施しました。 前半の避難訓練は、診療時間中に待合室から出火し火災が発生するという想定で、シナリオに従い動くという形の訓練を行いました。スタッフは火災発見、初期消火、通報、避難誘導、応急救護、患者役、に分かれ、実際の火災時の活動になるべく近い動きを心掛けて担当の役割をこなしました。例えば初期消火では院内の3台の消火器を火災現場まで持ってくる、通報は事前に消防署へ断りをいれておき、実際に119番通報をする、避難誘導は院内から駐車場まで患者さんを安全に移動させる、応急救護は駐車場に救急セットを持ち出し対応するなどの動きを取り入れて訓練を実施しました。 このような避難訓練の場合は、シナリオのある劇を演じるようなもので、真剣に取り組むにはどうしても気恥ずかしさが伴います。しかし、実際に火災が発生した時には体で覚えた動きが威力を発揮し、パニック状態でも迅速な対応ができると思い、このような形での訓練となりました。スタート!の合図で訓練が始まり、防火管理者である私が想像していたよりも遥かに真剣に取り組むスタッフの姿を目の当たりにし、カメラのシャッターを押す事を忘れてしまいました。 後半の消火器講習は写真がありますので、講習の様子をご覧ください。(個人情報の保護のために画像処理をしております) 消火器の使い方の説明を受けています 訓練用の水消火器で実技をしています 災害時の行動について消防士さんからアドバイスをいただいている様子 今回の訓練の目的は、災害時に院内にいる方全員を無事避難させる事と火災現場に遭遇した時に躊躇することなく消火器を使用する事ができるという事でした。今後も様々な目的の訓練を定期的に行い、防災意識の向上につなげていきたいと思います。

2024.06.02

院長の経歴や富田浜病院グループについて

皆さまこんにちは。ブログを読んでいただきありがとうございます。 今回は、前半で院長の経歴について触れたいと思います。個人的なことで申し訳ありません。院長は四日市市にある海星高校を卒業、三重大学を経て医師になりました。専門科がどのように決まるか知らない方も多いでしょうが、基本的には希望です。また、その科の中、何を専門にしているのかについては明確な取り決めはありません。院長は骨粗しょう症を専門の一つとしており、骨粗しょう症専門医という資格は取りましたが、資格を取るのが難しい訳ではありません。話を戻しますが、医学部6年生ごろには何科の医師になりたいか決め、その科の教授の所にお世話になりたい旨を伝えに行きます(入局といます)。院長は、整形外科医になるか耳鼻科医になるか悩み、最終的に整形外科を選択しました。 整形外科に入局した後は、教授に命じられるままに大学病院、村瀬病院(鈴鹿)、大学病院、北広島病院(北海道日本ハムファイターズの本拠地です)、大学病院、尾鷲総合病院、鈴鹿中央病院、三重大学大学院(2年間決まった病院勤務はなく学生をして腫瘍の基礎研究していました)、富田浜病院(四日市市)と転勤し、2018年8月、当地に開業しました。 “医局”という独特の制度があります。医師はどの病院で働きたいかを自分で決めるのは難しいところもあります。勤務先は基本的には三重大学の教授が、各医師の事情や各地の医療事情などを考慮しながら勤務先を決定します。給与などの待遇は各病院によって変わります。勤務地が自分で決めにくいところもあり、時代の変化と共に医局制度の維持が困難になりつつあります。これは医療以外でも、転勤がネックになりつつあるのと類似しています。医局制度の崩壊と共に、医師の数が多い都市部や待遇の良い病院への医局を介さない個人就職が増え、都市部と田舎の医師の配置の偏りが出てきているように思います。ただ、医局制度が崩壊していくと、都市部は良いでしょうが田舎の医療は厳しくなり、そのような医療機関に勤務する医師がますます減ることが予想されます。 院長の頃は、特に20代は1-2年で転勤が当たり前でした。病院によって違いがあるので、それぞれで学ぶことが多くありました。院長にとって最長の勤務先は、富田浜病院です。2010年4月に赴任し、8年お世話になりました(当院には富田浜病院出身のスタッフは多くおり、現在も富田浜病院や関連施設と協力して診療しています)。富田浜病院は、JR富田浜駅のすぐ近くにあります。大規模な病院ではありませんが、私が勤務していた頃は、けが、背骨の手術、関節の手術、スポーツの手術を多くしていました。現在は、背骨の手術が一段と増加し、三重県でも有数の症例数になっています。今回は、富田浜病院やグループについて紹介したいと思います。このブログで、他院の紹介をするのも変に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、当院とは密接な関係にあります。 富田浜病院は大正7年に緑仙堂石田医院が設立されたことをルーツとしています。翌年に富田浜病院に改名しました。富田浜という地域を活かし、結核治療などを行っていました(当時は療養に向いていた土地でした)。昭和50年代に経営が傾いた時期がありました。そこで、東京で医師をしていた河野稔先生、河野稔彦先生が病院の立て直しを使命の一つに富田浜病院に赴任しました(以後を新生富田浜病院とさせていただきます)。その後、救急診療などを積極的に行い、徐々に病院は持ち直しました。さらにハードとソフト面ともに積極的に投資を行い、医療水準を一段と向上し、多くの手術をしています。現在は、新生富田浜病院では3代目の理事長にあたる河野稔文先生が運営の指揮をとっています(私は、河野稔彦先生と河野稔文先生に指導をしていただきました)。河野稔文先生の専門である背骨の手術では、Oアームナビゲーションという超高額な医療機器を導入し、安全に背骨の手術ができる体制を整えています。 富田浜病院がある敷地、あるいは隣接した場所には、関連する施設が多くあります。これは、河野稔先生が描いた、「トータル・ヒューマン・ヘルスケア・ユートピア(全人健康介護の理想郷)」を実現するためです。医療と介護は国の定めるルールに基づき行います。例えば、急性期病院(大病院がこれに当たることが多いです)は、骨折の手術を行いますが、急性期病院で1-2ヵ月リハビリをすることは、制度上なかなかできません。数カ月単位のリハビリが必要になれば、後方支援病院と呼ばれる病院への転院を勧められます。また、数カ月リハビリをしても自宅に戻ることが難しい場合は、施設などを探すことが多いです。施設の中にも種類があり、公的な支援の量が施設の区分により異なるために、それぞれの人の状態により行ける場所が変化していきます。状態が変わる度に、行き先を探すのは大変です。富田浜病院で勤務していて感心したことの一つが、医療から介護まで一体的に提供しているため、大半の患者さんが行き先に困らないようにグループ内で調整できることです。患者さんや家族の希望を聞きながら、適切な行き先を調整していました。 富田浜病院は急性期の受け入れ(手術や手術しなくてもケガの影響で自宅生活が困難な患者さん)、回復期の受け入れ(他病院からリハビリ目的の転院患者さん)ができます。富田浜病院では対応できない状態の患者さん(入院するほどではない、あるいは入院期間が長期になり制度上入院継続が難しい患者さん)や生活水準が低下し自宅生活が難しい方は、①老人保健施設、②小規模老人保健施設、③特別養護老人ホーム、④医療特化型サービス付き高齢者向け住宅などの入所施設があります。自宅生活が可能だが家族の助けだけでは難しく、お手伝いが必要な方は①通所介護事業所や通所リハビリテーションなどの通所サービス、②訪問看護、訪問リハビリテーション、訪問給食事業などの訪問サービスがあります。また、介護支援(相談)も可能で、四日市市北包括支援センターもあります。分類などは難しく理解がしにくいと思いますが、私の印象としては困って相談したら、大概のことは対応してもらえます。富田浜病院グループは丁寧さが特徴の一つです。私が在職していたころに特別養護老人ホーム浜風が完成しました。私も将来、何かあれば富田浜病院グループでお世話になりたいな、と思っています。 気になる方は富田浜病院グループのホームページを見てください。 https://tomidahama.jp/ 富田浜病院グループのホームページより 当院でも、富田浜病院グループ出身のスタッフも在籍しており、ある程度のご質問を承れますので、質問頂けましたら幸いです。わからないことは、当院からも富田浜病院グループに質問しますのでお時間を頂くこともあります。 今回、富田浜病院グループの職員さんが、当院近くの方で、困っているにもかかわらず、上手く施設に繋がらなかった事例があったために当院にパンフレットをお持ちになりました。 頂いたものを下に紹介します。

2024.05.27

椅子の配置を変更しました

2019年12月初旬に中国武漢市で第1例のコロナウイルス感染者が発生し、4年経過しました。その間、生活の変化を伴う対策が行われてきました。現在も、多くの医療機関ではマスクをお願いしていると思います。当院でもマスクをお願いしています。  さて、“密”の対策のために、椅子を減らして経過していました。ただ、椅子の数が足りず、立って待って頂く方もいらっしゃいますので、新しい椅子を購入したのをきっかけに、配置を変更しました。  待合室の様子です。今後も変更を予定していますが、椅子が数脚増えました。 リハビリ室の様子です。BOX型の椅子を2脚購入しました。かなり重い椅子で、移動に苦労しました。  どこに座るかは、空き状況もありますが、好みもあると思います。当院には様々な椅子がありますので、好みの椅子を利用し少しでも快適に過ごしていただければ幸いです。  話が変わりますが、医療制度の変更に伴い、医療機関には様々な準備が必要になっています。以前も紹介しましたが、医療DXというものがあります。厚生労働省のホームページによれば、「医療DXとは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることと定義できる“、そうです。  当院では、診療情報を取得・活用することにより、質の高い医療の提供に努めでいますので案内します。  ①オンライン請求を行っています。  ②オンライン資格確認を行う体制を有しています。  ③医師が電子資格確認を利用して取得した診療情報を、診察室で閲覧または活用できる体制を有しています。  ④電子処方箋の発行や電子カルテ情報共有サービスを活用できる体制整備をします(今後導入予定)。  ⑤マイナンバーカードの健康保険証利用について、お声がけや院内掲示を行っています。 

2024.05.24

全国規模の講演会で講師を担当しました

日中の寒暖差が激しい時期ですね。本日は講演会の講師を担当しました。院長は年に15~20回程度講演会の依頼を頂き講師をしています。本日は、全国の医療関係者に配信する勉強会の講師を担当しました。全国レベルでの講演会の講師は年に1回程度担当しています。 今回は、骨粗しょう症についての解説、重症者向けの骨粗しょう症の治療についての解説をしました。視聴する方のことも考えて、18時からと19時からの2回、同様の内容を35分程度話しました。2回目の講演では、1回目に比べてわかりやすいだろうかなど考えて話します。1回目の方が良かった部分、2回目の方が良かった部分があります。多くの質問を頂きました。 なかなか、名講師にはなれないですが、本日、視聴して頂いた医師をはじめとした医療関係者を通して、皆さまの健康に寄与できればと思います。 時々、緊張しないか質問を頂きますが、今では全く緊張しません!今まで、150~200回くらい講演会の講師、学会発表も数えきれないくらいして、慣れてしまいました。 こんな感じになっています。目の前にはカメラがあります。 講演会の配信を担当される会社の方(全国から集まっていただいたそうです)、私の紹介をするためにナレーターの方もいらっしゃいます(個人の保護のために画像処理しております)。

2024.05.16
1 2 27