医療職の方から当院のブログについてコメントを頂くことがあります。今回は少し医療者向けの話になりますが、顎骨骨髄炎(顎骨壊死)に関する最近の話題を紹介します。
ホームページの立ち上げ時からホームページ内に紹介してますが、骨粗しょう症治療中に歯科治療が話題になることがあります。歯科の立場からみると、歯科治療中に骨粗しょう症治療が話題になることがあると思います。これは、顎骨骨髄炎(あるいは顎骨壊死)という病気が関係しています。
顎骨骨髄炎が初めて紹介されたのは2003年です。Marx先生という有名な先生が、ビスホスホネート製剤(以下;BP製剤)というグループの治療薬を使用している、がん患者さんや骨粗しょう症患者さんが、抜歯などの侵襲的な歯科治療を受けた際に、あるいは時には治療を受けていない場合でも、顎骨に病気が起こることを発表しました。これをOsteonecrosis of the jaw(以下;ONJ)と名付けました。OsteonecrosisとMarx先生が論文に記載したために、日本語で“壊死”となっていますが、壊死は結果です。感染などさまざまなことが生じた結果として壊死が生じています。BP製剤が骨に壊死を生じさせることはないと考えられています(BP製剤のために健康的な骨に突然、壊死が生じるのではなく、BP製剤が感染巣の形成に関係したり治癒を妨げることに関係している可能性が考えられている)。
BP製剤は、骨粗しょう症治療に革命を起こしたと言える薬剤で、優れた骨折予防があります。そればかりか顎の骨も丈夫になるので、歯にも良い影響があると長期間言われていたので衝撃的な発表でした。それ以来、混乱が続いています。混乱の原因はいくつかあると考えています。一つは、明確に発生機序が分からないこと(情報不足)、他には情報の一部をとらえて全体のように扱ってしまうことです(いわゆる切り取り報道や切り取り情報、偏向報道や偏向情報です)。どこからが偏向情報かは難しいですが、多くの情報に触れることが“偏向”を避ける手段の一つであると思います。
なぜ、がん患者さんと骨粗しょう症患者さんが列挙されるかはわかりにくいと思います。まず、それを説明します。がんは骨に転移病巣を作ることがあります。がんが転移する時には、骨にある破骨細胞という細胞が重要な役割を果たしていることが分かっています。破骨細胞の機能を抑えることは、転移巣に良い影響があります。そのため破骨細胞を抑える薬剤が開発されました。破骨細胞の機能を抑えることは骨の破壊を抑えることにもつながります。そのため、骨粗しょう症にも治療薬として使えます。がんと骨粗しょう症では、用量や用法は異なりますが、臨床試験で有効性や安全性が認められた一部の薬剤では、がんの骨転移や骨粗しょう症に使用することが承認されています。
ONJに関していくつか分かっていることがあります。それについて紹介します。
①発生頻度がまれであること。
※データによってもデータによっても異なりますが、10万人・1年あたり(10万人の人が1年過ごして)1人を下回る発生頻度と考えられます。ただ、歯科医からは、これより多い頻度に感じるそうです。
②慢性的な感染症が主要な原因の一つであること。
※口腔内に細菌がいないマウスでは、実験でBP製剤の量を増やしていってもONJが発生しないことや、がん患者さんにおいて口腔内清掃を徹底するとONJ発生頻度が大幅に減ることも報告されています。これらの結果は、ONJに感染が関係していることを示唆します。
③歯科の侵襲的な処置時(抜歯時)に生じることが多いこと。
※大半の研究で、抜歯が危険なリスクとされています。ONJはBP製剤やデノスマブという骨粗しょう症治療薬を使用している患者さんが抜歯をしたことが契機に発生することが多いです。その一方、BP製剤やデノスマブを使用していない抜歯患者さん、あるいは、BP製剤やデノスマブを使用している抜歯していない患者さんにも発生します。
④がん患者さん(BP使用に関わらず)やBP製剤使用骨粗しょう症患者さんに多いこと。
※がん患者さんは栄養状態が悪いことが多く、口腔内の衛生環境が悪くなる傾向にあります。さらに、BP製剤を骨転移治療のために使用することもあります。そのためONJが発生しやすいと考えられています。
⑤糖尿病や関節リウマチ患者さんも発生しやすいこと。
⑥骨粗しょう症やがん治療において、治療により得られるメリットがデメリットを上回ることは明らかなこと。
※ONJの発生は稀と考えられています。例えば、2020年の三重県の交通事故死亡率は10万人・1年で4.10人です。大腿骨近位部骨折の発生率は10万人・1年あたり20人弱と考えられます。大腿骨骨折は、半数の人に歩行能力低下を生じるとされる骨折です。しかしBP製剤の治療で半数(あるいはそれ以下)の大腿骨骨折が予防できます。また骨折は大腿骨近位部のみに生じるわけではありませんので、BP製剤で予防できる骨折数や身体機能低下はもっと多いです。しかも、BP製剤使用者がONJになっても、すべてがBP製剤のせいだけで生じるわけではありませんので(BP製剤非使用者でも発生するわけですから、ONJが発生していた人が、たまたまBP製剤を使用していた場合もあります。BP製剤を使用中に発生したONJは、BP製剤のために発生したかどうかはわかりませんが、全てBRONJといわれます)、メリット>>デメリットと考えられています。
⑦口腔内の衛生が大切であること。
⑧医師と歯科医師、その他チームでの予防や治療が必要であること。
※なかなかうまくいっていないのが現実です。
⑨抜歯に際しての、BP製剤の休薬を一律にすることは推奨しないこと。
※休薬の効果は不明であること、休薬期間を設けることで口腔内の感染状況が一段と悪化するためにONJのリスクがさらに高まる可能性も指摘されています。
当院では、骨粗しょう症治療開始時や折を見て歯科受診を勧めています。ただ、患者さんによっては歯科受診をためらう人もいます。理由を伺うと歯科医院のにおいが気になる(消毒薬でしょうか)、音が嫌とか言われる人もいます。また、歯科受診をして頂いた場合も、連携に前向きな先生もいらっしゃる一方で、“骨粗しょう症治療薬あるいはBP製剤=悪”で骨粗しょう症治療を中止するように勧める先生、すべての治療薬がONJに関係していると誤解されている先生もおられ、現実的に連携も難しいところがあります。
歯科医の立場を聞くことがありますが、理屈で大丈夫や骨も大切とわかっていても、自身が治療した患者さんにONJが発生すると治療に困ったり、対応に苦慮するために、どうしてもBP製剤使用患者さんに対して慎重になってしまうそうです。
前置きが長くなりましたが、今回は最近の論文を紹介したいと思います。この論文を取り上げたのは①2021年発表、②大量の人数を解析した結果の論文、を探して、まず見つかった論文だからです。
2021年 Boneという雑誌に掲載されました。韓国からの論文です(Kim SH et al. Bone 143(2021)115650)。
この論文はコホート研究というタイプの研究です。データベースから2012年に骨粗しょう症と診断された約214万人をまず抽出しています。その中から様々な条件を付けて、最終的に16.5万人のBP製剤を開始した骨粗しょう症患者さんが抽出されました。そして年齢や性別を一致させ16.5万人のBP製剤非使用の骨粗しょう症患者さんを抽出しています。両者を比較してONJがどうであったかを見ています(比較は大事ですね)。なお、ONJが骨粗しょう症治療薬を使用している患者さんのみに生じる病気と考えている医師や歯科医師もいらっしゃいますが、それは間違いです。
以下に要点を列挙します。
- 【研究方法】 コホート研究
- 【対象者】 BP製剤使用者 約16.5万 v.s. 年齢・性別をマッチングさせたBP製剤非使用者 約16.5万
- 【経過観察期間】4年
- 【結果】ONJ発生はBP製剤使用で10万人・1年あたり21人、BP製剤非使用者で7人。
ONJに関係するリスクとして、統計手法を用いて様々な因子を調整すると、
1)BP 製剤使用者で3.7倍高い(BP製剤非使用者に比べて)
2)性別は発生に差がない
3)年齢が高いとONJ発生しやすい(50-59歳の発生率に比べ、70-79歳では2.3倍、80歳以上では3.0倍)
4)BMI≧25はBMI18.5未満に比べて0.5倍高い(生じにくい)
5)喫煙は発生に差がない
6)骨粗しょう症による骨折があると1.6倍高い
7)抜歯すると9.9倍高い。インプラント治療は0.6倍高い(生じにくい)。歯周炎や歯周病があると4.8倍高い。
8)ステロイド使用者は発生に差がない。血管新生阻害剤(がんに使用する)は10.1倍高い。
9)糖尿病は1.4倍、高血圧は1.4倍、関節リウマチは7.4倍高く、腎不全・心不全・脳卒中・パーキンソン病は差がない。
という結果でした。見やすいように図にしてみました。
本研究ではONJに最も関係するリスクは、血管新生阻害薬、抜歯、次いで関節リウマチでした。ここに記載されているリスクは多変量解析の結果を示されているため、血管新生阻害薬を使用中の患者さんの抜歯は危険になりますし、そこにBP製剤を使用していることでリスクがさらに高くなると解釈できます。ただ、血管新生阻害薬は、がん患者さんに使用することが多いので、治療薬自体も関係するでしょうし、がんにより体力を奪われ、感染に対して弱くなっている可能性も考えられます。糖尿病患者さんや関節リウマチ患者さんがONJのリスク因子に挙がるのは、ONJが感染症という側面を強く示唆しています。今回は差がないと結果になりましたが、喫煙やステロイド薬使用患者さんもしばしばリスク因子として取り上げられています。
現在、日々の診療の中でONJに関する話題で、ONJについて歯科医師や医師から問題になることはBP製剤やデノスマブ、あるいは骨粗しょう症治療薬に集中しています。このブログを読まれるとご理解いただけると思いますが、現実的にはONJのリスクは多くあり、その大半はリスクとすら認識されていません。最初の方で切り取りあるいは偏向情報と挙げたのはこのためです。少しでもONJについて知っていただき、ONJが減ること、医科と歯科が連携して骨粗しょう症治療にあたれればと思います。また、口腔内の環境をよりよく保つことは、糖尿病、肺炎、心疾患、認知症などにも良い影響があること、あるいは、その可能性が指摘されています。当院では骨粗しょう症患者さん以外でも歯科検診も勧めています。
今回、Kim先生の論文を紹介しました。紹介しておいていうのもおかしいですが、一つの研究結果をそのまま信じることは危険です。例えば、本研究ではONJに関係すると考えられている喫煙にはリスクがありませんでした。多くの研究を見て判断していくことが大切と考えています。また、毎月、多くの優れた論文が発表されます。全てに目を通すのはできませんが、紹介する機会があればさせて頂きます。
10月20日は世界骨粗しょう症デー(World Osteoporosis Day)です。様々な国で、骨粗しょう症に関するイベントが開催されています。医療者の方や一般の方が興味を持つきっかけになればと思います。
本ブログについては、四日市市にある、さらの木歯科 深水陽介先生にもアドバイスをいただきました。深水先生は勉強熱心で、顎骨骨髄炎に関しても興味がある先生です。深水先生は四日市歯科医師会でも活躍されており、私が歯科医師会で講演をさせていただく際にも支援して頂きました。ブログは私が発信していますが、できるだけ内容に偏りがないように、歯科の立場からも助言をいただきました。御礼申し上げます。ありがとうございました。