院長の論文が掲載されました

ブログ 2025年2月17日

今回は、Treatment Gapというキーワードに論文を作成しました(執筆依頼があった論文です)。治療の必要があるにも関わらず、実際に治療を受けていない人の数・割合のずれを 「Treatment Gap(治療ギャップ)」といいます。骨粗しょう症だけではなく、多くの疾患で問題となっています。Treatment Gapが生じる原因は多様で、今回の論文は医療者向けの論文ですので、医療者として知っておいた方が良いと考えられるTreatment Gapの原因について紹介しました。そしてGapをなくすために骨粗しょう症の診断方法や重症度分類について解説しました。 

さて、治療は誰でも嫌なものです。本質的に好きになる人はいません。病気にならないことが、はるかに良いことです。ただ、現実は残酷で、年齢を重ねるほど、体の異常が生じます。体の異常に対して、治療をするメリットとデメリットを比べた時に、メリットが勝っていると判断される人は治療の対象者になります。多くの慢性疾患では過去の研究結果を参考にして、治療介入した方が良い基準がガイドラインなどの形で提示されています。それに基づき、多くの医師は治療に関する判断をしています。 

実臨床で、院長が感じるTreatment Gap(治療ギャップ)が生じる理由を、論文では3つのパターンに分け解説しました。 

①患者さん側の問題 

②医療者側の問題 

③ガイドラインの問題 

①に関しては、多くの場合は、患者さんサイドで治療の必要性を感じない、あるいは面倒ということです。慢性疾患の治療は、疾病の予防ですので、何も起こらないことが良いことです。“痛いから痛み止めを使用する”、“がんになったから手術する”、はわかりやすいですが、“骨折しないために、お薬を使う”、“糖尿病だから、お薬を使う”、は小さな子供に“将来のために勉強しなさい”、と親が言うのと同じくらい実感がわかず、患者さんには理解がしにくいです。骨粗しょう症の1年治療継続率は50%とも言われており、治療を継続している患者さんより治療を中止した患者さんのほうが骨折を生じる確率が高いことは明らかです。 

②に関しては、目の前の患者さんが骨粗しょう症であることに気づかない、治療したほうが良いとわかっているのに、医師が多忙のなどを理由に治療ができないなどがあります。過去のブログなどでも何度も伝えましたが、転倒などで骨折を生じた方は骨粗しょう症である可能性が高いです。特に、背骨や大腿骨、そして最近は骨盤骨折が特に危険な骨折で、その後も骨折が生じやすいことが知られています。50歳~60歳代では肋骨、手首、足首、足の甲、70歳代以降は背骨が急増し、80歳前後では大腿骨、骨盤をはじめとして肘やお皿の骨など至る部位で骨折が生じるようになります。これらにはざっくりとした順番があります。特に若い方は、骨折が偶然で、治療について説明してもご理解頂けないことが多くあります。骨密度と言う評価方法もありますが、骨密度評価は骨粗しょう症の一面を見ているだけで、それが評価の全てではありません。ですので、骨密度が低い人のみならず、転倒などで骨折を生じた人も治療が必要です。骨密度が高いことを理由に、骨折を生じた患者さんが治療を受けていないケースも多々あり、これもTreatment Gap(治療ギャップ)が生じる原因となります。 

③に関しては、難しいのですが、ガイドラインの限界です。ガイドラインは大切です。普段の診療でも、各学会などから発表されているガイドラインを大切にしています。ただ、ガイドラインの内容を多くの医療従事者に、簡単に伝えるために、できるだけボリュームが少なくするようになっています。その結果、個別の患者さんに対応しきれない部分があります。ガイドラインにより生じるTreatment Gap(治療ギャップ)も説明しています。 

さて、先日、名古屋市で大規模な勉強会がありました。骨粗しょう症で高名な先生、背骨の手術で高名な先生が演者として講演をされました。院長も座長を担当しました。院長が座長として参加した講演では、静岡県の先生が、“クリニカルイナーシャからの脱却!”というタイトルで発表されていました。院長は、クリニカルイナーシャという言葉を初めて知りましたが、クリニカルイナーシャとは、“治療目標に達していないにもかかわらず、適切な治療が行われていない状態”という定義だそうです。Treatment Gap(治療ギャップ)とよく似ていますね。演者の先生の発表はとても分かりやすい上に、治療薬選択の不均衡についても言及されていました。つまり、重症の骨粗しょう症患者さんや治療効果が十分には出ていない患者さんにより強い治療薬である、注射製剤を勧めていないことも問題の一つと挙げていました。 

最後に、最近、米国のCosman先生らが取りまとめた骨粗しょう症治療の指針について示します。Cosman先生は、骨粗しょう症分野での重鎮で、多くの臨床試験、研究などを行っています。米国の学会からの治療指針ですので、世界中に大きな影響を与えます。講演を聞いたことがありますが、非常に大きな情報を集約し、わかりやすく説明されていました。 

ここでは、薬物治療が推奨される患者さんを、①骨折歴なし、②2年以上前の骨折、③差し迫った骨折リスク;最近(2年以内)の骨折および複数の骨折、の3パターンに分けて最初の評価を行います。決して、骨密度のみで評価するわけではなく、むしろ骨折歴の有無、骨折したのであれば2年以内かどうかを起点にして評価しています。 

今後も最新の知識を用いながら治療に当たりたいと思います。治療継続率の向上は、骨粗しょう症のみならず多くの慢性疾患で大きな問題となっています。完全な解決策はないですが、少しでも向上できればと思います。